震災資料語り

走っている道路が、目の前から崩れ落ちた。
運転手の急ブレーキが、バスの乗客を救った。
(写真パネル)高速道路から今にも落ちそうなバス

1300322-000175
寄贈者:神戸元気村

阪神高速道路3号神戸線が崩れ落ちた様子は、報道でも大きく取り上げられ、日本中に大きな衝撃を与えました。高速バスに乗っていた人たちは間一髪で助かりましたが、いつどこにいる時に地震が起こるかはわかりません。その時、行動できるでしょうか。

阪神高速道が倒れ、復旧までに623日。
大渋滞のなか、どうやって車を通したか。
復興物資輸送車両許可書

2600429-000001
寄贈者:加納康之氏

家屋の倒壊や道路の割れて通行止めになっても、人や物資、重機の運搬が急がれます。救急車や物資輸送車両には通行証が交付され、優先的に緊急輸送ルートを通行することができました。交付の方法は東日本大震災でも参考にされました。

地震で出発できなくなった電車のドア。
80kgの資料の重さが語ること。
阪急電鉄3109車両 前面扉

494-001001
寄贈者:山下順氏

阪急伊丹駅は駅舎の一階部分がつぶれ、高架上のホーム階や電車が停車中だった線路も崩れ落ちました。     3年以上かけて再建された新しい駅舎は、地域の障害者や高齢者の意見を取り入れた当時最先端のバリアフリーな設計となっています。

ペンで書かれた定期、駅員の頭の中に時刻表。
便利なものが壊れ、人の力がフル稼働した。
JR通勤定期券(1995年1月17日から3ヵ月間)

495-000001
寄贈者:味岡敏彦氏

地震による鉄道の被害は大きく、各線で不通になる区間もあり、代替えバス等の対策がとられました。運行ダイヤも日替わりの状況のなか、非常時でもきちんと乗客を案内するために、スタッフも必死の対応が続きました。

ガスがない、水がない、食器がない。
当たり前がなくなって、生まれたことがある。
カセットコンロ、雪平なべ、火災で焼け残った湯飲

364-000001、2400178-000005、4700138-001004
寄贈者:永井倫子氏、大藪秀氏、松山優子氏

避難所から自宅に戻った場合でも、ライフラインが完全に復旧していない状況は続きました。水とガスの供給には時間がかかり、カセットコンロで調理したり、トイレを汲み置きの水で流す様子もめずらしくありませんでした。

寒い。あたたかいものが食べたい。
どうすれば、それが叶うのですか。
炊き出し用大鍋、炊き出しで最初に提供されたうどんの器、連日の炊き出し風景 一回の食事に2千人が並ぶ

250-022001、1200792-000011、1300322-000166
寄贈者:灘中央地区ボランティア、森原良美氏、神戸元気村

非常時でもあたたかい食事をすることのできる炊き出しは、被災地での救援活動の定番です。被災者に少しでも質の良い食事をしてもらうために、支援をする側の努力が続けられています。

買えなくても、もらえるモノもあった。
持ち出し袋には、歯ブラシも用意しよう。
ビスケット、しょうが湯、ガム、小型乾パン(金平糖入り)

220−001008、220-001006、2100364−000004
寄贈者:中西エイ子氏、中西エイ子氏、斎藤勝氏

災害時には、色々なところから救援物資が被災地に寄せられます。最低限の食事だけでなく、疲労や苛立ちを軽減させるお菓子類もありました。定番の非常食以外にも、自分に合った食料を備えておきましょう。

生きるために水をくむ、生きてほしいから届ける。
市内の8割が断水。不便になり、生活に工夫が生まれた。
避難所で配られた水詰めビール瓶、飲料水用ポリタンク、給水袋、
〔「震災の絵」出展作品〕水汲み

439-001001、3400374-002002、2100353-000002、455-001041
寄贈者:A氏、M氏、後藤正春氏、NHK神戸放送局

日常生活になくてはならない水も、震災時は手に入りづらくなります。給水車から受け取ったり、ビール瓶に詰められた水をもらったり、苦労して水を確保しました。各家庭でも備蓄をしましょう。

世界の言葉で届けられたラジオ放送。
音声だけなのに、ビデオテープが残ったのはなぜ?
FM放送の収録されたテープ

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寄贈者:FMわぃわぃ(たかとりコミュニティーセンター)

災害時の情報収集・発信に大活躍するラジオ。外国人居住者の多い地区では、多言語で放送するラジオ局が登場しました。被災した外国人の生活に役立てられるだけでなく、心の支えにもなりました。

これはコピー機?電話?何の機械?
残っていないのは、地震のせいだけではない。
産経新聞神戸総局取材基地 震災時使用のFAX

3400267-001019
寄贈者:産経新聞神戸総局

技術の進化とともに姿を消した大型のFAX。震災当時は大活躍しました。現在ではなくてはならないインターネットは、当時はごく一部でしか活用されていませんでした。