震災資料語り

世界の言葉で届けられたラジオ放送。
音声だけなのに、ビデオテープが残ったのはなぜ?

FM放送の収録されたテープ

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寄贈者:FMわぃわぃ(たかとりコミュニティーセンター)

これは、神戸市長田区にある多文化・多言語コミュニティ放送局「FMわぃわぃ」の放送が収録された、VHSテープです。映像を録画できるVHSテープですが、このなかには、平成7年(1995年)から放送された番組の音声が、記録されています。当時は、放送をなるべく安く、1度に長時間記録する手段として、ビデオデッキでの3倍録画が行われていました。当センターには、およそ7年間の放送分、5681本のVHSテープが寄贈されています。

平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災は外国籍の人たちにも被害を及ぼし、緊急事態に言葉が通じない不安な状況が続きました。そのなかで、震災2週間後に韓国学園の一室から震災情報と韓国の音楽を放送した「FMヨボセヨ」と、4月にカトリック鷹取教会ボランティア救援基地に生まれた「FMユーメン」という2つのミニFM局から、「FMわぃわぃ」が誕生しました。

「FMわぃわぃ」は地震発生から1年後の平成8年(1996年)1月17日にコミュニティ放送局として正式に開局され、現在では、韓国・朝鮮語、ベトナム語、スペイン語、英語、タガログ語、ポルトガル語、中国語、タイ語、アイヌ語、日本語の10言語で、日々、長田から発信を続けられています。

現在「FMわぃわぃ」が臨時災害FM局の支援活動を行っている東日本大震災の被災地では、放送を大容量のハードディスクに同時録音しており、VHSテープが積上がる光景は、もう見られないそうです。音声や内容はもちろん、テープそのものも、貴重な存在になりました。

関連情報

明治元年(1868年)に神戸港が開港して以来、各国の領事館が置かれ、外国人も多数居住してきた兵庫県。第二次世界大戦後、そして震災後にますます多様化した神戸の外国人。阪神・淡路大震災が起きた平成7年(1995年)には、10万人近くの外国人がこの地で被災しました。

非常時には、自らの身を守るとともに、まわりの人びとと状況や情報を伝え合うことが大切です。私たちは日常的に「言葉」や「身振り」を用いて情報を集め、危険を予測したり、安全を確保します。異国の地で大きな災害に遭い、日本語や英語を十分に解せない人びとは、非常に心細かったことが察せられます。

ラジオ放送は災害時の情報収集・発信に大きな役割を持ちます。震災時、兵庫県庁により日本初の臨時災害放送局が開設されました。当時は放送法上に災害時の臨時放送局の規定はありませんでしたが、その後法整備が進み、被災者の日常生活が安定するまでの一時的な期間に、市町村単位によって放送局の開設が可能になりました。東日本大震災では24局が開設されました。

実際に資料をご覧になりたい方は、人と防災未来センター資料室までお越しください。

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