震災資料語り

地震で出発できなくなった電車のドア。
80kgの資料の重さが語ること。

阪急電鉄3109車両 前面扉

494-001001
寄贈者:山下順氏

阪急伊丹駅は地震によって高架上にあったホーム階の車両と線路が落ち、下の駅舎部分がつぶれるように崩れました。扉の「3109」は、そのとき線路に停車していた列車の、北の端の車両の番号です。

地震発生時の5時46分、幸いホームに乗客はいませんでした。1本前の列車が5時43分に出発していたためです。しかし、駅舎内の交番にいた警察署員1名が亡くなり、駅舎は車両ともども全面撤去されました。

地震から2か月経った平成7年(1995年)3月に、阪急伊丹駅は400m離れた場所に建てられた仮駅で営業を再開しました。駅の復旧工事が完了したのは1998年11月、阪急伊丹線が完全復旧を果たしたのは1999年3月のことでした。

関連情報

阪急伊丹駅の復興は、震災の前年に発足した交通アメニティ推進機構(現交通エコロジー・モビリティ財団)によってバリアフリー化のモデル事業に選定されました。この財団は交通のバリアフリー化を推進するために設立されたものです。復興事業には神戸港中突堤の旅客船ターミナルの再建と並んで日本財団の事業金拠出があてられ、すべての人に使いやすい駅を目指して進められました。

この事業の特徴は深いレベルで利用者参画が行われたことです。設計を進める段階から障害者や高齢者の代表を含む委員会を開催し、事業内容の検討を進めました。また健常者の委員がアイマスクや耳栓を付けた状態での移動を体験したり、車椅子で別の駅を利用してみたりする勉強会なども開催されました。工事完了後には事後評価のため、利用者アンケートも行われました。

実際に資料をご覧になりたい方は、人と防災未来センター資料室までお越しください。

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