震災を語る

震災を語る 第4回

第4回「尊い命を大事に?強く生き抜いてきたこの10年と地震への備え」 長岡 照子さん(女性/人と未来防災センター・語り部)

私の体験

フライパンの中でウインナーを転がしたような状況、想像できますでしょうか?

1月17日の朝、私は西宮市内の自宅で布団の中にいました。本震の30分ほど前でしょうか、背中に異様な地響きのようなものを感じて一度目が覚めたことを覚えています。そして5時46分、たった12、13秒ほどの揺れでしたが約18センチもズレたんですね。そして6,433人が亡くなる引き金となりました。想像できますでしょうか、フライパンの中でウインナーを転がしたようなすさまじい状況を…。

「おふくろ、地震!」倒れた家具の下から這い出した息子が、大きな書類棚の下敷きになり身動きできなかった私を引きずり出してくれました。その時に痛めた左足は、今も後遺症があって床に座ることができません。ガラスだらけの台所を通って助けにきてくれた息子の足も、血だらけでした。

地震発生後の大事な3つの行動

歪んでドアが開かないため、息子が1番に「逃げ道の確保」をしてくれました。これはとても大事なことだったと思います。そして、女学校時代に阪神大風水害にあった時の教訓で、2番目に「水の確保」。ミカン箱にビニールを張って、唯一水が出たお風呂場で水をくみ、給水車が来るまでの3日間はそれだけを頼りに生き長らえたんです。食べるものなど一切ありません。私の経験から、ペットボトルを各部屋に置くなどして、常に3日分の水だけでも確保していただきたいと思います。

そして3番目。避難する時は、「指定された大きな避難所へ」行くようにしてください。

行政の目が行き届くところなら名簿などで管理され、救援物資もちゃんといただくことができます。それ以外の人がいくらお願いしたって、何もいただくことはできないんですね。病院も、血が出ていなかったら先生の前に座ることもできない…そういう状況です。どうかこの3つ、覚えておいてください。

せっかく戦争で勝ち取った、大事な命だったのに

【写真】長岡 照子さん

私の弟は、戦争で右肩から先をなくしました。いじめられながらも左手1本で一級建築士の資格を取り、50年間頑張ってきたんですね。そんな弟が、震災で家の下敷きになって亡くなりました。戦争で勝ち取った命、なんで地震でなくしてしまうんや、と今でも無念でなりません。弟が亡くなる、息子の店がつぶれる、手足は痛む…ついに私は心身症という心の病気になってしまったのです。

その頃、仮設住宅に住んでいた周りの人から、よく家を探してと言われました。10件一棟になってどこまでも連なる仮設住宅は、番号制で表札なんてありません。だから、病院で薬をもらって帰ろうとすると、家がわからなくなってしまうんですね。

家を片づけている時、かまぼこの板が何枚かあるのに目が止まり「これで表札をつくってあげよう」と、近所の子どもさんに絵の具をもらって絵を描きました。でも、たった12、13枚では喧嘩をさせるようなもの。その後の呼びかけで県外から1,500枚もの板が集まり、必死になって絵を描き続けるうちに気持ちが和やかになってきたんですね。皆さんから感謝や励ましの言葉をいただき、明るい色を塗ってはどんな絵を描こう…とやっているうちに「これで自分の病気が治るかもわからん」と。

「ボランティア」という生き甲斐を見つけ、心の病気も吹き飛びました

当時はただ、自分のために描き続けていました。「ボランティア」という言葉を知りませんでしたから。自分のためにしたことが、知らず知らず人の役に立って、また自分にかえってくる…私の生き甲斐になったんですね。それから西宮が復興するまでの5年間、若い人に混じって災害ボランティアとして活動しました。赤い帽子とブルーのエプロンを目印にいろいろと活動し、もう80歳前ですが、おばちゃんはキーボードを見ずにパソコンの入力もするんですよ。こうして朝から晩まで、復興に向けての行事やサポート業務に打ち込んでいるうちに心身症はすっかり治ってしまいました。

元気になったからと言っても、やはりトラウマはありましてね。長イスの隣で足を揺すられたりすると、今でもあの揺れを思い出してものすごく怖くなります。未だにお仏壇までロープでくくっていますし、目覚まし時計だって両面テープでくっつけています。笑い話のようですが、それだけ地震には敏感なんです。

非常持ち出し袋もいいけれど、ぜひ準備しておきたいものは…

ホイッスルEコール

私は、いつも首から笛を下げています。もちろん寝る時もつけたまま。これは助けを呼ぶ時にとても有効です。子どもさんでも笛がいいですね。助けを呼ぼうとしてもなかなか声というのは届かないもの。笛なら、助けに来てくれた人にちゃんと居場所を伝えることができると思います。あと、懐中電灯。これは予備電池も忘れないでくださいね。よく枕元に携帯ラジオなどを準備されている方がいますが、置くだけではあまり意味がありません。大地震では、あの重いテレビが2、3メートルも飛ぶんです。せっかくですから、ベッドに括り付けたり、安全ピンで留めるなどの工夫をしておいてください。

その他にも、私はフィルムケースに10円玉と千円札を入れて持っています。新潟県中越地震の直後にも、電話が不通となりみなさん困っていらっしゃいました。すぐに災害ダイヤル「171」というものが設置され、TVなどでも報道されていましたが、使い方をご存じですか? 家族がバラバラになってしまった時、身内の方などに無事を知らせたい時など必ず役に立ちますので、おじいちゃんおばあちゃんから子どもたちまで、みんなが使えるようにぜひ勉強しておいてください。

今あるその命は、尊い命です

最後になりますが、皆さんせっかく授かった命ですから、絶対に自分自身で絶たないでください。自分の命を大事にする人は、相手の命も大事にします。大事に大事に生き抜いてください。楽しい思い出も、嫌なこともあると思いますけど、命さえ大事にしていたら、最後には必ずいいことがあります。くれぐれも自分の命は大事にしてください。

災害ダイヤル「171」の使い方

【録音】
「171」をダイヤルする。音声に従って「1(録音)」を押します。次に連絡を取りたい相手(自宅・被災者宅)の電話番号を、市外局番から押します。音声に従って、プッシュ回線の場合は「1#」、ダイヤル回線の時はそのまま待ちます。
「ピッ」の合図を確認して30秒以内で伝言メッセージを録音します。その後、音声に従うと録音内容を確認できます(ここで電話を切っても録音されています)。
【再生】
「171」をダイヤルする。音声に従って「2(再生)」を押します。次に連絡を取りたい相手(自宅・被災者宅など)の電話番号を、市外局番から押します。音声に従って、プッシュ回線の場合は「1#」、ダイヤル回線の時はそのまま待ちます。録音された伝言メッセージが再生されます。複数件ある場合は、順に再生されます。
  • ※一般電話、公衆電話、災害地特殊公衆電話、携帯・PHS、その他INSネットなどからご利用になれます(一部の事業者を除く)。
  • ※1伝言あたり30秒以内の伝言メッセージを録音できます。
  • ※1番号あたり1から10件程度のメッセージが蓄積されます(提供時発表)。
  • ※録音してから48時間の間保存されます。
  • ※負担額は伝言の録音・再生にかかる通話料のみでご利用になれます。
  • ※被災地からの伝言録音が優先となります。
  • ※暗証番号の設定もできます。 詳しくはこちらをご覧ください。

NTT災害ダイヤル(http://www.ntt-east.co.jp/saigai/)

(インタビュー 2004年11月11日)