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私の体験 うす暗い中に残された私は、家の下敷きになったまま。体にのしかかっているものを手で探ってみると、それは我が家の土壁でした。触ってみるとボロボロと崩れていったので、どうにか両手を広げ、両側から少しずつ崩して隙間を作っていき、やっとの思いでがれきの山から抜け出しました。奇跡的に、けがはなかったです。地震があったのは1月の寒い朝、スッポリかぶっていた布団がクッションになって私を守ってくれたんでしょうね。 日ごろの経験が活きたのか、チームワークで9人の救出に成功! 家屋が密集していたため、家が倒れていても隙間はあるもの。倒れたタンスやがれきを素手で取り除きながら、腹ばいになって中へと入っては「どこにおりますか?」と声をかけました。タンスなどの下敷きになって自力で動けない人が多く、わずかに見えていた足をつかんでは、腹ばいのまま外へと引きずり出して救出しました。また別の家では、私の首に抱きついてもらい、そのまま後ずさりをするように引きずって助け出したこともありましたね。 私のいた中学校では学期ごとに避難訓練をやっていましたが、その訓練経験がどれほど活かせたかは、はっきりわかりません。でも、考えるより先に体が動いていたように思います。普段、指示を出す立場にいるせいか近所の人たちにも指示出しをしていて、気がつくと皆の協力で家の下敷きになっていた人たち9人を助け出していました。
そこで私は、「これから多くの人が避難してくるだろうから、まず体育館を開放してください。体育館がいっぱいになったら柔道場、その次は特別教室を」と、避難者の受け入れを指示しました。やはり教室だけは、最後まで残しておきたかったですね。幸い、教室まで使うことはありませんでしたが、運動場には車で避難してくる人も大勢いました。 電話での指示を終えると、娘のセーターや息子のズボンをなんとか引っ張り出し、家族を近所の中学校に避難させた後、自転車に飛び乗り、とにかく学校へと急ぎました。 学校責任者としての行動と周りの協力 学校の周辺は、比較的被害が小さかったこともあって、避難してきた人たちの食べるものがないという事態は避けられました。それでも救援物資が届けば、教職員たちが総出でそれを配ったりするわけです。トイレ用にプールの水を汲み出したり、救援物資を仕分けたりとやることは山のようにありましたが、教職員に加えて、生徒たちも本当によく働いてくれました。私の判断で、寝たきりの家族を介護していて救援物資を取りに来られない人たちに食料や飲み水を届けようとした時も、生徒たちが引き受けてくれてとても助かりましたね。
それと、私が痛感したのは日ごろからの近所づきあいの大切さ。「遠くの親戚より、近くの他人」とはよく言ったものです。近所づきあいにはわずらわしさが伴うこともあって決して楽ではありませんが、そうして苦労してでも積み上げてきたものというのは、いざという時に大きな力となるんですね。お互いの家族構成まで知っていたからこそ、皆の協力で9人の命を救うことができた。この事実が、近所づきあいをお勧めする最大の理由です。 |
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(インタビュー 2004年12月28日) |
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